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九星気学鑑定暦21年 竹本崇輝(たけもと たかあき)
1974年3月28日 広島県広島市生まれ 血液A型
八白土星 寅年 おひつじ座
【趣味・特技 】
直感が鋭い
水草水槽大好き 風景写真撮影そこそこ好き
生年月日を聞いてその場で簡易鑑定
ウエイトトレーニング
【大好きな人】
自分たちを犠牲にして私を育ててくれた「父」と「母」
●生い立ち
私が生まれたのは、ザ・ドリフターズに志村けんが正式加入した1974年のことです。お好み焼き、瀬戸内海の海産物が美味しい、広島県に生まれ、父親はサラリーマン、祖父が経営する鮮魚店の中で日常を過ごしていました。
鮮明に記憶されていることがあります。
あれは、幼稚園の年中さん時代。とにかく臆病で泣き虫な子供でした。毎日泣きながら幼稚園に通っていた私。

あのピンクレディーよりも美人だが、非常にキツイ性格の担任の先生はとうとう堪忍袋の尾がきれ、泣きじゃくる私を、なんと、年少さんのクラスへとさらし者にしたのです。
「ほら見てみんちゃい!!あんたより小さいのに誰も泣いとりゃせんでしょうが!!!」
私よりも一つ年下の年少の子供達が集う、その部屋へ行くと、号泣している私以外誰も泣いていない。4才の幼い心にさえ、はずかしさ、悔しさ、情けなさ、恐怖を感じずにはいられませんでした。
臆病な私に追い討ちをかけるようなできごとをなんとか乗り越え、泣きながら通園しながらもなんとか小学校へ進学しました。
小学校へ上がると泣き虫は相変わらずでしたが、泣きながら通うということもなくなり、バカなことをして遊ぶ友達もできました。小学校6年の時には受験地獄に苦しみながらも中学校へと進み無事卒業することができました。
●15歳で訪れた一つの転機
中学時代は、そこそこ成績も良く高校へは進学校へと進むことができました。
あれは15歳のとき、一冊の九星気学の本。ズバリと書かれた、それぞれの性格。私の鑑定をしてみると、これまでの人生を象徴するかのようなことが書かれており、大人になるにつれどういう性質が出てくるのかが書かれていました。
「なんじゃ、こりゃぁ!?」と、雑誌の小さな占いコーナーしか知らなかった私には衝撃的でした。
九星気学との出会いが後の人生を変えることになるとは知る由もありませんでした。
●高校2年~再び襲い掛かる「悪夢」~
幼稚園時代の悪夢が、再び私を襲いました。高校1年生のときとは、ガラッと雰囲気が変わったのです。簡単に言えば、賑やかでアホな楽しいクラスから・・・・一見、クールで気取った感じの人間と超真面目な人間が支配する雰囲気のクラスに変わってしまったのです。
そしてそのクラスにはまるで馴染めず、学校で言葉を発することはほとんどなくなってしまいました。
そんな私をさらに追い込んだのが九星気学。性格や内面的なものをあまりに的確に判断できたため、まだ若かった私には、使いこなせなかったのです。
あの人はこの人は、こういう嫌な面がある・・・。といったこ短所ばかりに気が向き始めダークサイド、人間不信へと陥ってしまったのです。長所を見ようとせず、短所の見方を変え、長所として活用するといったことを考えるには、あまりに幼すぎました。
●やりたいことが見つからない20代
殻に閉じこもった高校2年生時代を過ごした私は、仲間がいないという寂しさを極限まで味わったのでしょう。高校3年生からは、自然と友を求め始め、浪人2年目には、今でも続いている親友も得ることができました。
しかし自分のやりたいことが見つからなかった私は、九星気学に頼りました。ここでも九星気学の使い方を間違えてしまったのです。
適職の中に建築関係があげられていたというだけの理由で、建築関係の学部へ大学進学し、大学、大学院を経て、建築工事会社へ就職し、建築設備工事の現場監督として働き始めました。
そもそもやりたい!と思って選んだわけではない建築業界。そこにやりがいを見出すことができず、ただ与えられた仕事を必死にこなす毎日でした。
朝8時ちょうどのラジオ体操から始まり、夕方職人さんが帰った後には、施工図面作成、明日工事の段取りなど、業務は毎日23時にまで及びました。今思えば、長時間労働が問題ではなく、そこに自分の気持ちが入っていなかったのが一番の問題でした。
一人で一つの現場を任されたある現場で、私にとって人生最大の悲劇は起こりました。仕事=ただ苦しいとしか思えなかった私。誰かに任せることも、現場を上手くおさめて黒字にしてやろうという野望も目標もなかった私は、ただ、ゼネコン、職人から挟み撃ちで叩かれる毎日でした。
図面作成も遅れ、一人で何もかもこなさないといけないと思い込んでいた私は、雪だるま式に仕事が溜まり始め、気づいたときには時既に遅し。鬱になり半年間も休職してしまったのです。
●どん底からの脱出
半年間の休職後、現場から内勤へと異動しました。
しかし、そこでも私の気持ちは何も変わりはしませんでした。
休職復帰初日、鬱をわずらったことに対し、ある課長は言いました。
「お前は弱い。お前が入社した時、●●さんが言っていた通りだよ。」
との烙印を押され
その部署で始めてのボーナスが出たとき、所長からは
「竹本にもボーナスが出るんか?おかしいよなぁ。
変な会社だよなぁおい。」
ほぼ、一日中パソコンのトランプゲームとネットサーフィンとおしゃべりをして、好きなときに居眠りをしている部長が「あの人はねぇ、仕方ないよねぇ・・・」と黙認されていることのほうが不思議でしたが。
会社も私も腐りきっていました。
私は何のために生きているんだろう。
もう何もかもどうでも良くなり、気づいたら辞表を提出していました。
出社の最終日。
その部署の9割を占める団塊の世代の方々に挨拶をしてまわりました。
誰一人として私の心に残る人はいませんでしたが、直属の上司ではないある一人の方に言われました。
「もっと自分の好きなことやれよ!な!そのほうがいいよ!」
見抜いておられたんでしょう。
まるで、手紙が詰められた、海を漂う一本のビンのように、生い立ちからずっと、私が周りに流されてその会社にたどりついてきたことを。
私は、ようやく岸にたどり着いた気がしました。
●私の決意
あまりにも自主性のなかったそれまでの私。なにもかも自分の熱い意思で決めることのなかった進路。親や周りの人に依存し過ぎていたこと。
親の教育のせいだ、会社のやり方が悪い。何もかも他人のせいにし続け、ハリボテの感謝の心しか持てていなかった私。
あまりにも迷いの多かったそれまでの人生。
九星気学と共に生きてきた21年間。
これらの経験を人をプロデュースすることに役立てよう。
九星気学を使い、迷っている人々の道しるべとなろう。
やりたいと思ったことにも飛び出せず、全て周りに流され、無意味のように思われた私の人生。
全ての準備は整いました。
私自身の存在意義が明確になった今、
一人ひとりの長所、短所を肯定し、その存在意義を明確にするお手伝いをしよう!
それが私の決意です。
九星気学∞精鋭デザイナー竹本崇輝のニュースレターをお届けいたします。
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